350年以上も前の話じゃ。
当時、祖谷地方を治めておった代官は、祖谷の源内さんじゃった。
この祖谷の源内さんは、不思議な術の使い手ということで有名じゃった。
ちょうどその頃、賀茂に、剣の達人で「柏手の術」を使う斉藤先生というお人が住んでおった。
柏手の術というのは、離れた座敷のすみでパンパンと手を叩くだけでろうそくの火を消してしまうというものじゃった。
「斉藤先生と源内さんが術くらべをしたらどちらが勝つかのう」という人々の声の中、術くらべをしようと斉藤先生は勇んで祖谷の源内さんを訪ねたそうな。
祖谷の源内さんは、斉藤先生が訪ねてくれたことを たいそう喜んで、ご馳走を作ってもてなしたそうじゃ。
夕食の後、源内さんがろうそくに火をつけようとしたところ、後ろにいた斉藤先生が手をパンパンとたたくと、火がぱっと消えてしもうた。
源内さんは驚いてもう一度火をつけたが、斉藤先生がパンパンと手をたたくと、また消える。
これが何回も続くうちに、斉藤先生はすっかり源内さんをばかにしてしもうて、これ以上勝負を挑む気もなくなり、次の朝賀茂に帰ることにしたそうじゃ。
翌朝早く、源内さんは先生のために弁当を作り、わざわざ家の前まで馬にひいて来て、最後までたいそうなもてなしじゃったそうな。
気をよくした斉藤先生は大威張りで帰路に着いた。
ところがどれほどたったじゃろう、斉藤先生はだんだん尻が痛くなってきた。
「普段なら半日ぐらい馬に揺られても大丈夫なはずなのに」
とふと下を見ると、なんということじゃ!斉藤先生は源内さんの家の土塀の上にまたがっておったそうじゃ。
たまげた斉藤先生は土塀を飛び降りると、馬小屋から馬を引っ張り出して、今度は本当の馬かどうか何度も確かめた後、馬に乗ってその場を立ち去ったそうな。
池田あたりまで来た時に、一息ついて、源内さんにもらった弁当をあけた斉藤先生は またびっくり!
弁当と思っていたものは、石ころを縄でしばってあるだけのものじゃった。
急に恐ろしくなった斉藤先生は一目散に賀茂に逃げ帰り、それ以来二度と祖谷地方には近づかなかったということじゃ。
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