昔むかし、柚の木というところに平良種という落武者が、伊庭三太夫と名前をかえ、住んでおったそうな。
三太夫は、女房のおてつと玉織姫という娘と三人で仲良く暮らしておったそうじゃ。
玉織姫は、たいへんな器量よしで、玉織姫が織った物は、玉のように光り、この世の物と思えぬ美しさじゃったそうな。
玉織姫が十七歳になったある日のこと、借りていたさおを返しに出かけていった時のことじゃ。
途中に、滝つぼがあり吊り橋がかかっておったんじゃが、そこを、玉織姫が渡っておると、急に滝つぼの中から、一筋の光が舞い上がり、姫を包んだかと思うと、姫の体はすーっと水の中に消えてしもうたそうな。
ちょうどそこを通りかかって、その様子を見ていた三太夫の下男は、大急ぎで三太夫に知らせた。
三太夫は、すぐさま名刀関の孫六を持って、滝つぼの中へ飛び込んだそうな。
滝つぼの中は、草一本、ひとにぎりの土もなく、あるのは渇いた白い岩ばかり。
ところが、しばらくすると、目もくらむ黄金色の光の中に、玉織姫が機を織っている姿が見えたそうじゃ。
「迎えに来たぞ、玉織姫」と三太夫が声をかけると、
姫はふり向いて「お父上様、お待ち申しておりました。今一度のお別れがしたく滝の主に頼んでお父上をこの国にお導ききいただいたのです。二度と来ていただけぬ国です」と言うたそうな。
そのとき、うす青色の光の中から、背がすらりと高くりりしい若侍が現れたそうな。
「私はこの国の主人でございます。このたびは、ご息女をお迎えすることができまして、たいへんうれしく存じます。姫は、もはやこの国から出てゆくことは、かなわぬ身です。どうかこのままお引取りください」
というて消えたそうじゃ。
「お父上様、十七年の永い間、ありがとうございました。どうか、この絹を持って行ってください。私はこの国で父上様、母上様の幸福を祈りながら機を織り続けます」
というと姫の姿も消え、白い岩を大蛇が這いおりておったそうな。
家に帰った三太夫は、この世の人でなくなった姫を丁寧に祀ったということじゃ。
やがて、三太夫には、玉のような男の子が誕生し、しあわせな日が続いたそうな。
そして、柚の木部落も人がふえ、とても栄えたということじゃ。
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