昔むかし、井内谷でひとりのきこりがすんでおったそうな。
ある日のこと、きこりが木を切っておると、ドスンドスンという大きな音がしたそうな。
きこりは、音のするほうへ歩いていった。
すると、うわばみが旅人をおっかけてきこりの方へやってきた。
きこりはあわてて、近くの木に登ると、恐ろしくてブルブルふるえておった。
うわばみは旅人に追いつくと、旅人をパクッとひとのみにしてしもうた。
うわばみの腹は大きくふくれておったが、なにやら草むらに生えておる奇妙な形をした草をパクパクと食いはじめた。
すると、大きくふくれておったうわばみの腹は、みるみるうちにスーッとへこんでしもうたそうな。
腹のへこんだうわばみはゆっくりと去っていったそうじゃ。
さて、村へ戻ったきこりが、うわばみの話をすると、村の人たちが命びろいしたお祝いを、手打ちそばと酒で、ひらいてくれたそうじゃ。
酒がまわってきたころ、ひとりの男が「そば五升くうたら、わしのたんぼ一反をやる」と言い出した。
きこりはとろかし草のことを思いだして、「わしがやる」と言ったそうな。
みながとめるのも聞かず、そばを食べ始めたんじゃと。
二杯まで食べたところで、きこりは苦しくなり、みなには「便所へ行く」と行って、とろかし草を食べに行ったそうな。
ところが、いつまでたっても、きこりは戻ってこなんだ。
みなは心配して、便所に行って、戸をたたいたが返事がない。
ますます心配になって、便所の戸を開けてみると、きこりの着ておった着物と帯だけがころがっておったそうな。
とろかし草は消化をたすける草ではなく、人間をとかすもんじゃったので、とろかし草を食ったきこり本人がとけてのうなってしもうたんじゃと。
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